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日本列島が失われたはるか未来。海の100%と陸の99%が失われ、世界の人口は1千万くらいになった。地表はいくらかの小さな陸地を除けば、灰洋(うみ)と呼ばれる、そば粉を説いたような灰色の重さのある流体に覆われている。その流体に触れた物質は一瞬で極微に分解され流体の一部となる。では、なぜ陸地は灰洋に飲み込まれないのか。小さな陸地のひとつであり、この物語の舞台である泡洲ではこう教えられている。

熱したフライパンに水滴を落とすと、水滴の下に薄い蒸気の層ができフライパンの熱を遮断し鉄板に浮かんでいられる(ライデンフロスト現象)。それに似て陸地と灰洋の間にも激しい拮抗があり、それは振動し、霧を発生させる。そして、その霧が緩衝材の役目を果たしている。

 

登場人物

志津子  若妻。バス会社の事務員。

和志   志津子の夫。音を使って、霧から物を取り出す仕事をしている。

花枝   志津子の先輩。通勤時のもらいタバコが日課。

大溢   和志の上司。

昭吾   志津子の元夫。灰洋に飲み込まれて死去。和志の先輩でもありDV夫。

しあわせの理由

 

12歳の誕生日をすぎてまもなく、ぼくは四六時中、しあわせな気分でいるようになった。その原因は、脳に出来た腫瘍をによる、ロイエンケファリンという一種のエンドルフィンの過剰分泌によるものだった。難病であったが治療はうまくいき、腫瘍はすみやかに小さくなった。ぼくのしあわせな気持ちとともに。

 

30歳になったぼくは、最低賃金と同額の保険をもらい、憂鬱な日々をおくっていた。少年時代の手術によって、ロイエンケファリンの分泌が止まってしまったため、しあせな気分になることはできなかった。そんなある日、新しい治療法の誘いをうけたぼくはケープタウンへ行く。手術は無事に成功した。ぼくには、4千人分のデータから作られた義神経が移植された。そして手術後のぼくは過剰に感動的になってしまう。あらゆる物事に感動してしまうぼくは、自分を見失い不安になる。そんなぼくに、医者は感情を数値化し、個別にコントロールできる技を指南する。

 

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フィルクスの陶匠

 

 星務省のトーム人事部長にインタビューをしていた記者のケセルスキーは、デスクに飾ってある輝かしい黄色の大鉢に目を奪われ賛辞を漏らす。仕事が終わり帰ろうとしたケセルスキーは、トームから昼食に誘われる。そこで彼から美しい大鉢についての昔話を聞かされる。

 若き日のトームはフィルクスという星へ転任することになった。そこは以前に勤めていた荒涼とした惑星とは違い、気候は温暖で暮らしやすく、先住民のトゥーンは優美な民族で豊かな文化を育んでいて、現地オフィスもおとぎ話から抜け出てきたような里だった。フィルクスでは金属をあまり産しないため、多くの道具や日用品は陶磁器で代用されていた。

 トームはここがすっかり気に入ってしまった。ただし、始末におけない悪癖の持ち主である上司のコーヴィルを除いて。コーヴィルの役目は、外交官よりも技術指導員の側面が強かった。バランスのとれた文化には介入しないのが当局の方針であったが、コーヴィルの仕事ぶりは無思慮なうえ怠惰であった。

 防疫管理の仕事で巡回していたトームは、里のはずれにある陶器屋で、いままでに見たことがない多種多様の美しい陶器が並んでいるのに心を奪われる。これを作った陶工に興味がわいたトームは、店番の可憐な少女にそのことをたずねてみると、この星の陶器に関する異様な文化を知る。

 山奥には陶匠の一族が住んでいて、彼らは人骨を陶芸の材料にしていた。そして材料が足りなくなるとトゥーンをさらっていた。トームはこのことをコーヴィルに報告し、さっそく2人は山へ行き彼らに警告した。陶匠たちは納得したかに見えたが、人さらいをやめることはなかった。

 このことに激怒したコーヴィルは、彼らが陶芸に使用する火山を原子爆弾で吹き飛ばすようトームに命じた。陶匠たちの行動は因習にとらわれているだけで悪意はないと考えたトームは別の解決方法を探る。そしてトームはもう2度とトゥーンを誘拐しないことを条件に、彼らが長年求めてきた輝かしい黄色の釉薬の作り方を伝える。

 トームはオフィスに帰り、問題が解決したことを上司に伝えた。黄色の釉薬ウランが使われたことを知ったコーヴィルは、それを取り戻すために一人で山に向かう。

 

 

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プリマ・ベラドンナ

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 大休止と呼ばれる時代、世界は沈滞と倦怠とそして夏の盛りがつづいていた。アパートの一階で歌う草花店を経営するスティーヴは、労働の必要がない時代にあっても毎朝2時間ほどは働いていた。暑く気だるいある日、友人2人から君に美しいものを見せてやるから上がってこい、と店の上のバルコニーに呼びだされる。向かいのマンションを覗くと、金色に輝く女性、ジェインがいた。夢を見てるようだ、とスティーヴはつぶやく。

 翌朝、スティーヴは店でカーン・アラクニッド種の蘭を調律していた。この花は難物でちょっと練習量が足りないと、たちまち退歩し矯正に苦労する代物であり、しかも店内では代表格の花であるだけに、他の花ぜんたいに与える影響も大きかった。その朝の蘭はえらく不機嫌で、店の中が大混乱しているところに、ジェインが入ってくる。彼女は店の草花と共鳴した。スティーヴは彼女が出演する今夜のコンサートに誘われる。

 翌朝の街は彼女の話で持ちきりだった。スティーヴ以外の観客は恍惚とした。スティーヴは、今日も蘭を見るために店に来たジェインを友人に紹介する。4人は<アイ・ゴ>と呼ばれる一種の減速チェスで遊んだりして楽しんだ。ジェインはイカサマをして一人勝ちをしていた。それから彼女は店に通うようになり、二人は親交を深めた。ジェインが深夜に舞台で歌う時間を除けば、二人はいつも一緒にすごした。

 それから数週間後の夜、ジェインは舞台にあらわれなかった。店の中から音楽が聞こえることを不審に思ったスティーヴが中に入ると、そこは眩い輝きが溢れていた。アラクニッド蘭は3倍の大きさに成長し、葉を真っ赤にふくれあがらせ狂おしく絶叫していた。その前には、身を乗りだし、首をのけぞらせているジェインがいた。スティーヴは、彼女に駆けより蘭からひき離そうとするが、その手を振りはらわれてしまう。彼女の目を覗くと、ちらと羞恥の色が走った。

 

 

 

たんぽぽ殺し

 

 黒づくめの男ミヒャエル・フィッシャーはお尻を右に左に揺らしながら、フィヒテン通りを歩いていた。いち、にい、さんと歩を数えながら。右手に持った細い散歩用の杖は道端の草花のうえで揺れて弾み、花を愛でた。

 太った紳士が呑気に道を歩んでいると、杖がわずかな雑草に引っかかった。ぐいっと引っ張ってみたが失敗した。なんとか二回目で両手を使い引き離すことに成功した彼は、一瞬、我を忘れてその場に立ち尽くす。そして奇妙なかたちの花を凝視したかとおもうと、それをめがけておおきく杖を振りおろした。路上には茎や葉が飛び散り、紳士はふたたび歩きはじめた。

       

        しばらく歩くと先ほどのことがありありと蘇る。

   

            この花が私を誘ったんじゃないか

                 杖がうなる

               ばきっと、首がとぶ

 

 

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