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ランゲルハンス島沖を漂流中

 

 ロレンス・タルボットはねっとりしたシーツの子宮からそろそろとはいだす。新聞の大見出しには、ボリビア大使、暗殺死体で発見の記事。部屋の水槽には、タンクにいた仲間を皆殺しにした怪魚がいる。餌を与えずに殺すということをのぞけば、あらゆる無茶な扱いを試みたが、魚は汚物のよどむ薄暗い水の中で肥えふとるばかりだった。彼は抑えがたいほど激しい憎しみをその魚に感じた。こいつはおれと同じだ、死ぬようなやつじゃない。あのボリビア大使は、先月おれがしでかした事件だろうか、そんな疑問がうかんだ。

 彼はコンサルタント会社との打ち合わせに出かける。そこで実業家のディミーターと知り合い、考えを集中できる別室で、自分の目的を書くようにいわれる。長い時間ののち、彼は短い語句を書きとめた。

 

 わたしの魂の所在位置の地理座標

 

 ディミーターとの2ヶ月の打ち合わせのすえ計画が固まり、タルボットは旧知の物理学者でCEERMの研究員ヴィクトルに協力を請う。それからさらに2ヶ月あまり経たあとヴィクトルから電報が届く。“すぐ来い、道順が決まった”。

 研究室には彼と2人の女性技術者がいた。部屋のつきあたりには<危険、放射能区域>の注意書きがあった。文字の下に、三角形が三方向にひろがったようなマーク。タルボットは、父と子と聖霊を連想した。思い当たる理由もないのに。

 実験衣を着た助手の老婆ナジャがヴィクトルに機器についての報告をする。それを見たタルボットは凄まじい苦痛に見舞われていた。記憶が荒れ狂う波となって押しよせてくる。「かあさん・・・・・・?」

 彼の目はうるんでいた。泣きたい気持ちだった。最後に泣いたのは、美術館に隣接する植物園の紫陽花の茂みの中で、眠りからさめた朝のことだった。傍らには動かぬ血まみれのものがあり、爪のあいだには、肉片と泥と血がはさまっていた。彼はそれ以来、平常の意識でないときには手かせをするように決心した。

 

 実験が始まった。ヴィクトルは、たぎりたつ記憶の海を静めるため、タルボットにミルクに似た液体<忘却の川のカクテル>を飲ませる。そしてマイクロホログラム・プレートとマイクロパイオン・ビームによって彼は100分の1かそこらに縮まった。

 へそから自身の体内に侵入したタルボットは、記憶に刻みつけたディミーターの地図を頼りに宝物を目指す。中はけっこう明るかった。ロレンス・タルボットと呼ばれる世界の内部は、金色をおびた冷光にあふれていた。

 地図が指し示す道順を頼りに、ランゲルハンス島をかたちづくる島嶼の中にある、そこに向かって進む。途上には、洞窟、白骨、山脈、クレーターに浮かぶ死骸、それをたべる魚・・・・・・。

 膵臓海の岸にようやくたどりついたタルボットは、子供の頃に失くしたり捨てたたくさんの玩具をそこに見いだした。しかし、おぼえはないが、そこに欠けているものがあるという確信があった。それが重要なのだ。

 タルボットはボートの上で血のように赤い海を見わたしながら、ラジオを聞いた。番組の終わり近く、発達障害児の施設に98年間収容されていたマーサという女性が解放された、というニュースが流れた。彼は今までの人生で泣いたよりもっと泣いた。

 

 タルボットは地図が教える彼の魂の存在地点に立った。その場所は干潮時の水際と、この島の大部分を占める精神病院風の巨大な建物との間だった。彼はきめ細かな緑の砂を掘りはじめた。掘りすすむとなんの変哲も無い木箱が出てきた。中にはタルボットの魂、古い錆びたバッジがあった。それをしっかり握り締めると、丘の上の要塞をめざした。

 砦の沈鬱な闇を進むと、独房を思わせる部屋があった。扉に触れるとそれは開いた。この独房の中に誰かがいるにせよ、そのものは一度も扉を開けようとしなかったに違いない。彼はより深い闇に向かって進んだ。

 長い沈黙が続き、やがてタルボットはかがみこむと、手を貸して彼女を立ち上がらせた。それは今にも粉々に砕けそうだった。彼は彼女をだきあげ、運びだした。

 「目をとじるんだよ、マーサ、外は明るいから」

 

 タルボットは手術台から起きあがった。ヴィクトルにとって、あらゆる苦悩のあとが拭い去られたタルボットの顔を見るのは、友人同士になってからはじめてだった。タルボットはナジャと共に、体の内部に戻したあと、冷凍睡眠してくれるようにヴィクトルに頼む。説明を請う物理学者。

「俺の母、ナジャ、マーサ・ネルスン、三人とも同じなんだ」

「みんな無意味に消費された人生だ」

 

 ナジャを連れ戻ったタルボットは洞窟で彼女を休ませた。横にはマーサがいた。2人の老婆は瓜二つだった。タルボットは長いあいだバッジを握りしめ、そのまま立ちつくしていた。しばらくのち洞窟の中から、赤ん坊の泣き声が一つ聞こえてきた。彼はこれまでの人生で最もたやすい旅を始めるため洞窟にもどった。

 どこかで凶暴な悪魔の魚がとつぜんえらをとじ、腹をゆっくりと上に向けると、闇の中に沈んでいった。