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プリマ・ベラドンナ

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 大休止と呼ばれる時代、世界は沈滞と倦怠とそして夏の盛りがつづいていた。アパートの一階で歌う草花店を経営するスティーヴは、労働の必要がない時代にあっても毎朝2時間ほどは働いていた。暑く気だるいある日、友人2人から君に美しいものを見せてやるから上がってこい、と店の上のバルコニーに呼びだされる。向かいのマンションを覗くと、金色に輝く女性、ジェインがいた。夢を見てるようだ、とスティーヴはつぶやく。

 翌朝、スティーヴは店でカーン・アラクニッド種の蘭を調律していた。この花は難物でちょっと練習量が足りないと、たちまち退歩し矯正に苦労する代物であり、しかも店内では代表格の花であるだけに、他の花ぜんたいに与える影響も大きかった。その朝の蘭はえらく不機嫌で、店の中が大混乱しているところに、ジェインが入ってくる。彼女は店の草花と共鳴した。スティーヴは彼女が出演する今夜のコンサートに誘われる。

 翌朝の街は彼女の話で持ちきりだった。スティーヴ以外の観客は恍惚とした。スティーヴは、今日も蘭を見るために店に来たジェインを友人に紹介する。4人は<アイ・ゴ>と呼ばれる一種の減速チェスで遊んだりして楽しんだ。ジェインはイカサマをして一人勝ちをしていた。それから彼女は店に通うようになり、二人は親交を深めた。ジェインが深夜に舞台で歌う時間を除けば、二人はいつも一緒にすごした。

 それから数週間後の夜、ジェインは舞台にあらわれなかった。店の中から音楽が聞こえることを不審に思ったスティーヴが中に入ると、そこは眩い輝きが溢れていた。アラクニッド蘭は3倍の大きさに成長し、葉を真っ赤にふくれあがらせ狂おしく絶叫していた。その前には、身を乗りだし、首をのけぞらせているジェインがいた。スティーヴは、彼女に駆けより蘭からひき離そうとするが、その手を振りはらわれてしまう。彼女の目を覗くと、ちらと羞恥の色が走った。